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「アルツハイマーですね」
いともあっさり、ドクターは告知した。
その時の父の表情を、何年もたった今でも、私は忘れることはできない。
父は目を丸くして、その言葉を聞いていた。
いや、正確には、その言葉は父の耳をすり抜けていったのかもしれない。

父の奇妙な言動に悩まされ、確信をもって受診させた私でさえ、その診断をつきつけられると、ほっとした反面、ショックもあった。
まして当事者である父には、受け入れられないことだったに違いない。

それから数年後、父は私に暴力をふるい、病院の人となった。
4年後に病院から連絡があった。
「お父様はおそらく、初期の皮膚がんです。うちでは専門医がいないので、他の病院で診断を受ける必要があります」

その病院で、ドクターはまたあっさりこう言った。
「癌ですね」
それが3月末のことだった。
夏になり、父は食べることを拒否して、寝たきりになった。

自分が「癌」であることは、理解していたのだ。
父の年代では、癌は死病である。
自分はもう助からない、それならいっそ、自殺を選ぼう。

しばらくして、点滴も腕を通らない状態になり、鼻からチューブで栄養を取ることになった。
それから2年が過ぎた。


人間、自分で生死を決めることはできない。
死にたいと思う父が生き延びることは、ある意味皮肉なことだけれども、その時間で息子(弟)との和解が成り立てば、それはそれで意味のある時間なのである。


親は生きているだけでいい。
54年生きていて、私はそう思うようになった。
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プロフィール

真島久美子

Author:真島久美子
エッセイスト
56年生まれ、東京育ち
武蔵大学人文学部卒
漫画家としてデビュー後、
30回以上のお見合いを経て結婚、その体験を「お見合いの達人(講談社)として出版、ベストセラーに。
他には「たたかう!落ちこぼれママ」「兄弟は他人の始まり~介護で壊れゆく家族」「やっぱり公立!それでも私立?」など。
趣味は茶道、バレエ鑑賞
夫ひとり、娘ふたりの4人家族

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